「素材の良さを生かす」。よく見聞きする言葉ではあるが、よく考えてみればわかる通り、料理をするなら素材を生かすなど、至極当然のことである。ただ、素材そのもののポテンシャルを引き出す料理もあれば、素材と素材を掛け合わせることで、単体では出てこない新たな味を作り上げる料理というものに大別できるのではないか。前者は日本料理、後者はフランス料理というのが、これまでの共通認識と言って差し支えないだろう。
素材の良さを生かすというのは、素材の内側から出てくる、その素材だけが持つ味や香りといったものを、その持ち味を殺すことなく、引き出すこと。そのために不必要な要素を取り除き、純度を上げる。魚に塩を当て、臭みを取り除き、味を凝縮させるというのが一番わかりやすい方法だろうか。ただ、釣りたての魚を刺身にして食べれば良いということではない。それに、もともとの素材が「良さを生かす」に値するだけの価値のあるものでなくては意味がない。
そうして、日本料理の文化は育まれてきたが、近年の日本料理には決して引き算とは思えないものも少なくない。あらゆる要素を加えて豪華に見せることも西洋の食材をつかうこともそれぞれの料理人の理念ではあるが、あまりに過剰になると、もはや日本料理というよりも創作料理だと言えなくもない。そういった料理が散見される近年の日本料理の世界にあって、引き算の美学を堪能させてくれる割烹がある。