福山市は日本を代表する有名企業の本社が多数存在する地域。その福山の中でもそういった大企業のトップクラスの接待などで、圧倒的な支持を受けているのが、この『おく村』だ。「ミシュランガイド広島・愛媛2018特別版」で一つ星として掲載されたこちらの料理長の奥村竜太郎さんは、話をすればすぐにわかるが、京都弁のアクセントがしっかりと残る京都人。京都と大阪の和食店で勤めたのち、鞆の浦のホテルで勤務時代に地元ご出身の奥様と出逢い、結婚。この地に店を開いて16年目となる44歳、脂の乗った料理人である。
実は今回の福山特集で紹介している『和食屋 夜咄』のご主人・石岡一馬さんによると、料理にかける「いい意味での変態」ぶりはすごいという奥村さん。福山は、目の前の海で獲れるキスやサヨリなどの小魚やワタリガニなど、よそには負けない海の幸がある一方、本格的な日本料理店を成立させるための食材は少ないのだという。川魚や京野菜などを扱う同級生や錦市場や中央市場の京都人脈を駆使して、福山の素材を生かしたつつ、仕立ては本物の京都の茶懐石を供する店として成立させている。さらに、茶懐石の真髄を勉強するため、福山に来てから裏千家で茶道を習い始めるなど、ある意味京都以上に京都らしい茶懐石の姿を追いかけている求道者といえるかもしれない。
京都らしさをどのように解釈しているのかと、奥村さんに問いかけると、基本的には歳時記を大切にしているとのこと。その季節であるということを誰が見てもわかるような料理の仕立て、器、部屋の設えだと。素材も旬のものを中心に「はしり」と「なごり」を組み合わせる。それらを出来たてで、暑い時には体を冷ますもの、寒くなれば温めるものを出すことだと心得ている。茶懐石として至極真っ当なことを愚直なまでに実行することが、客から信頼され、その評判が届いているのだろう。もちろん、現代は京懐石を食べつけない人も多いから、どんなに忙しいときでも各席をまわり料理の説明を行うという真摯な姿勢も多くの常連から愛される理由だろう。