村田さんは子どもの頃から、本店近くにある2本の桜の古木を気に入り、「ここでゆっくりお茶ができればいいな」と思っていたという。その想いがかない、隣にあった古民家を譲り受けた。店名の『無碍山房』とは、村田さんが所持していた中川一政さんの書に由来。東山の山手にあることから、内装も山房をイメージ。数寄屋作りの名手である中村外二さんによるフルリノベーションで、数寄屋造りの良さを持ちつつモダンな雰囲気の空間に仕上がっている。どの席からも、苔むす瑞々しい庭を眺めることができる。
昼食の「時雨弁当」は、焼物や口取り、焼物、和え物などが華やかに盛り込まれた六つ切りの松花堂、先付け、煮物椀、季節のご飯、香の物という構成。以前は本店で提供されていたという。例えば、口取りの鶏松風は、ブランデーに浸したレーズンやローストした松の実を使用し、食感や味わいに変化をもたらす。軽く焼いたシメジやエリンギの白和えは隠し味にマスカルポーネチーズを使用するのが『菊乃井』流。焼物の鰈味噌幽庵焼きは、味噌幽庵地に一晩じっくり漬け込み、上品ながらもご飯が進む味わいだ。醤油と砂糖の地と真空でパックした和牛ランプ肉は、低温でじっくり火入れされ、噛めばじんわりとうまみが広がってゆく。ご飯は、滋味深い鯛飯に天津甘栗の甘みが加わり、柚子の香りとともに楽しめる。どの品も目に美しく季節感に溢れつつも、食べ応え充分だ。
和スイーツも秀逸。本わらび粉を100%使用したわらび餅は、注文が通ってから練り上げるため、きな粉にまぶし黒蜜をかけていただけば、ほの温かさととろける食感が魅力だ。季節ごとにかわるパフェも味わいたい。天津甘栗のアイス、キャラメルアイス、桂花陳酒のゼリー、マスカット、ザクロ、梨、カキ、紅茶とシナモンで炊いたイチジク、白ワインでコンポートしたブドウなど、秋の素材が盛りだくさん。添えられた葉に愛らしく店名が印されているのも演出のひとつだ。その他、昔ながらの固めのプリン、タルトタタン、月替わりの本店の水物までオンリスト。メニューはすべて村田さんと料理長の酒井研野さんが考案しているという。