オーナーシェフの山根晃一さんが、「山陰とフランスの食材を中心に旬の良い物を集めたらこうなった」とは、大山地鶏から大山和牛、境港サーモンや地物のジビエなどなど食材だけでも枚挙に暇なし。
フランスワインと地のワインが並ぶ壁一面のセラーには、実は日本酒ファンが飛びつきそうなレアな地元銘柄のラベルが揃っていたり。と思いきや、「とりあえず生ビール」のそれは、「松江ビアへるん」。クラフトビールを常時6種は揃える。
流行を追うだけの巷のバルなどのノリとは、明らかに差違があるスタイルだ。都会にもこんなお店はそうそう無い。「大阪や東京に進出されないんですか?」と聞くと「ここに居ないと出来ない店ですね。地元生産者の方たちとつながっていって、クラフトビールも日本酒も置くようになりました」と山根シェフ。
「愚問でありました」と反省しながらいただいたのがビアへるん「ゴールデンスパークリング2018」。白ブドウのような風味が広がり、ぶ厚い境港サーモンのスモークと合わせたところ、フルーティーな白ワインの炭酸割りかと錯覚するような不思議な感覚になりながらも、両者のうまみや風味が見事に落ち着いていく。
サーモンは皮も柔らかく脂のノリもあっさり。なのでシェフは厚切りベーコンのように分厚くカットして提供。「この方が素材の味がしっかり楽しめます」と。
山陰の日本酒の力強い味わいに溺れる
メインの前に、気になる日本酒もセレクトしていただいた。まずは創業明治4(1871)年、出雲の坂倉酒造の「天穏」。その希少酒、「純米生原酒無濾過改良雄町70」は奥出雲産改良雄町を蔵付き酵母で醸した生酛造りで、味濃く余韻が深く響く。お隣の鳥取県鳥取市の日置桜からは「鍛造生酛強力25BY」(平成25年醸造)。
無濾過で2年以上熟成させ、燗酒を前提に製造設計された。夏でも温めの燗がいい。久米桜酒造の「くめざくら くろぼく強力(ごうりき)」は特別純米二回火入れ、八郷産強力100%。協会7号酵母で香り控えめ。
いずれもフレンチとのマッチングも楽しく、シェフも「呑まれているお酒によって料理のソースや味付けを変えるなど工夫しています」と。マリアージュというよりマッチングの提案を続けることで、料理とお酒の楽しみ方の幅が広がり、奥行きもぐぐっと深くなる。
なお「強力」は鳥取県の酒造好適米の復興銘柄。背丈が高く大粒なため倒れやすく栽培が難しい。1954年に一度姿を消したが、90年代に入って強力銘柄が復刻。今では9つの蔵が強力の酒を造る。