地元の鮨好きが日々集まる実力店!
隠れ家のような立地なので、入店するまではおっかなびっくりかもしれないが、扉をくぐると落ち着いた空間が拡がる。これからうまい鮨を堪能できると思えばワクワクしてくるではないか。
カウンター8席は三原さんが全て1人で仕切り、お客の好みやタイミング、食べるスピード、表情などを観察しながら、料理を供していく。お客1人1人に向き合いたいからという理由だ。
三原さんは大阪と広島でさまざまな和食店や鮨店を経験し、また自身も「食べ手」として東京の鮨店に何度も通った。何か1つに大きな影響を受けた訳でなく、それら全てを通過した自分流の鮨をアウトプットする。目指すのは「調和」。口に含んだ時の一貫の、寿司飯と種のマリアージュを追い求める。
基本的に「お任せ」のみで、この日は10,000円(税別)のコースから、特に印象深い品を掲載した。日によるが、お任せはつまみ5品程度が出て、それから鮨9貫程度が供されるという流れだ。
宝石のような、広島の地産魚介の数々を思う存分に堪能しよう!
広島と言えば穴子。『鮨 稲穂』では選択的にあえて養殖穴子を用いる。ただしこだわり抜いて開発された穴子だ。悪食で雑食の穴子は腹を開けてみると真っ黒という事も少なくない。その穴子をイカナゴだけを餌に養殖してみたら、雑味が少なくうまみの乗った穴子となった。まだ一部の市場にしか流通していない特別品だ。
海流に揉まれない故に骨が細く口に当たらないという特徴もある佐久間水産の穴子は、口溶けを重視する三原さんの鮨が探し求めていた食材だった。あえて「ぬめり」を落とさず仕上げた官能的な食感をぜひ味わって欲しい。噛まずとも口の中でヌルッと溶けて消えていく。
広島県三原市の名産である蛸は、海老や蟹を食べて育ち、潮の流れが速い海域で育つために、肉質が良く美味い。漁場は世襲制で伝統的な蛸壺漁により1匹ずつ捕獲される。 『鮨 稲穂』では必ず生きたままの蛸を仕入れ、手間と時間をかけて驚くほどに柔らかく煮上げる。噛み締めると香りの奥に、本当に甲殻類のような風味を感じられる不思議な食体験だ。
三原さんは牡蠣の生産地である瀬戸内海の江田島に産まれ育った。当店の開業前は1年間、島に戻って牡蠣の生産者や漁師と共に地産魚介を、現場を通して学び直した。子供の頃から広島牡蠣をたらふく食べて育った三原さんだが、牡蠣の鮨をリクエストすると「鮨にしても美味しくないですから」と。もちろん作り手によって考えは異なるが、三原さんの鮨哲学では牡蠣は一品料理として食べて欲しい食材だ。
広島では(冷凍品を除けば)牡蠣が店頭に並ぶのは11月半ばからだが、『鮨 稲穂』では、最も肝が太くなる旬の最高潮、1月後半から3月までの期間でしか提供しない。今回は広島葱の香りをまとわせた鍬焼きにして頂いたが、ぷっくりと身の肥えた牡蠣は、噛み締めると口の中でジュースがほとばしり、すぐに日本酒が欲しくなった。