「奈良の夜は早い」などと言われるが、決してそんなことはない。観光の喧騒から離れた静かな場所にこそ、上質な料理と酒が用意されており、ゆったりとした時間の流れに身をゆだねたくなる空間が待っている。
『焼鳥 望月』もそんな店のひとつ。居酒屋ほど煩わしくなく、料亭のような緊張感もない。気の置けない相手と、あるいは一人でも、杯を傾けながらゆっくりと楽しむ、まさに大人のための焼鳥店。
『焼鳥 望月』もそんな店のひとつ。居酒屋ほど煩わしくなく、料亭のような緊張感もない。気の置けない相手と、あるいは一人でも、杯を傾けながらゆっくりと楽しむ、まさに大人のための焼鳥店。
観光客の往来も多いJR奈良駅周辺は、少し足を運ぶだけで、すぐに静かな住宅街へと様相を変える。大通りから一本裏道へ。わずかに飲食店が軒を並べる一画があり、その中のひとつとして『焼鳥 望月』が居を構えている。
路地裏の隠れ家感に胸が躍る
暖簾をくぐると、焼き台を正面にL字のカウンターがあり、4人掛けのボックス席がふたつ。できれば、店主の板東寛和さんの手さばきが見えるカウンター席を陣取りたい。
板東さんは、法隆寺の南にある奈良県広陵町の生まれ。高校卒業後に上京し、アルバイト生活の中で、大塚の人気焼鳥店『蒼天』で食べた焼鳥のおいしさに魅了され、本格的に修業を始めた。3年半の間に焼鳥の基礎を学び、独立の地として地元である奈良を選んだ。
「奈良には本格的な焼鳥が少ないと感じて。修業先で勉強した日本酒の素晴らしさも一緒に伝えられたらと思いました」と板東さん。穏やかな物腰といい、低音ボイスといい、女性客からの人気の高さは想像に難くないだろう。
熱源として使用するのは、隣の和歌山県で作られる紀州備長炭。いこった炭を焼き台に組み込んでいくのも技術と経験が求められる。火加減で焼き上がりが左右されることが多く、その日の状況に合わせて調整が必要だ。炭を扱えてこそ一人前。
「最初の頃に比べると、焼きが軽くなったかもしれません」と板東さんが言うように、レバーや笹身はかなりレアな状態で提供するほか、他の部位も焼き過ぎて持ち味を損なわないよう、注意深く焼き上げる。串のレギュラーメニューに使用するのは、徳島県産の「阿波尾鶏」だ。肉質と価格のバランスがよく、オープン以来、愛用している。